【2016年版】ヤクルト退団選手(引退・戦力外・自由契約)のその後

退団選手

2016年、東京ヤクルトスワローズを戦力外・引退・自由契約で退団した選手の去就やその後の情報についてまとめています。

定期的に更新していきますが、古い情報などがありましたらコメント欄よりご連絡ください。

※戦力外通告後、育成契約を結んだ選手は除外

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2016年東京ヤクルトスワローズ退団選手一覧

2016年は、現在のところ14人の選手がシーズン終了後にヤクルトを退団することになりました。

2016年ヤクルトスワローズ引退選手のその後

まずは、2016年にヤクルトを引退した選手のその後を紹介していきましょう。

森岡良介(内野手)

トライアウトからヤクルトに入団し、ヤクルトの選手会長も務めた森岡選手。
守備力には定評がありましたが、イップスを発症して現役引退。

引退後は1軍野手コーチ補佐、2軍内野守備走塁コーチ、1軍内野守備走塁コーチとしてヤクルトを支えている。

新垣渚(投手)

ソフトバンクから2対2のトレードでヤクルトにやってきた新垣選手。
戦力外通告後はNPBへの移籍を目指してトライアウトを受験したが、オファーはなく現役引退を決断。

引退後は古巣のソフトバンクで野球振興部員やジュニアチームの監督を経験。
2019年にはNPO法人ホークスジュニアアカデミーの「ホークスベースボールチーム」のコーチを務めている。

2016年ヤクルトスワローズ戦力外選手のその後

次に、2016年にヤクルトを戦力外になった選手のその後を紹介していきましょう。

寺田哲也(投手)

独立リーグからドラフト4位で指名するも僅か2年で戦力外になってしまった寺田選手。
トライアウトを受験して、3者三振を奪うも他球団からのオファーはなく現役引退。

現在は一般企業で会社員を務めている。

中元勇作(投手)

ヤクルトの暗黒ドラフトと言われた2014年にドラフト5位で入団した中元選手。
怪我が重なり1軍登板がないまま戦力外に。

現役引退後は内装業(カーテン屋さん)としてNHKに出演。

木谷良平(投手)


個人的には二段モーションを指摘されていた投手として印象に残っている木谷選手。

戦力外通告後は現役を引退してヤクルトの打撃投手となっている。

児山祐斗(投手)


2軍戦に出場するも1軍での登板はなくそのまま戦力外となった児山選手。

戦力外通告後はトライアウトを受験するもNPBからのオファーはなく、社会人野球のシティライト岡山でプレーしていて左のエースとして活躍している。

田中雅彦(捕手)

ロッテから川本選手との交換トレードで2013年にヤクルトにやってきた田中雅彦選手。
コリジョンルールのきっかけとなったマートン選手のタックルが印象的。

戦力外通告後は現役引退を発表。
その後は指導者としてNPB復帰を目指し、BCリーグ福井ミラクルエレファンツでバッテリーコーチを務めた後に監督として2019年までチームを指揮する。

田中浩康(内野手)


山田選手の台頭によって徐々に出場機会が減って行った田中浩康選手。
球団はポストを用意するも、現役続行を希望して横浜DeNAに入団。

2018年にDeNAから再び戦力外通告を受けると現役引退を発表。
引退発表後はフジテレビONEのヤクルト中継に度々解説者としても出演。
同時に早稲田大学野球部のコーチを務め、2020年シーズンからは早稲田大学大学院に在籍しながらDeNAの2軍内車守備走塁コーチに就任。

松井淳(外野手)


これからという時の死球での怪我など、上手く歯車がかみ合わなかった印象の松井選手。

戦力外通告後は独立リーグからコーチとしての誘いもあったなか、大手生命保険会社「ジブラルタ生命保険株式会社」に就職。

元々ヤクルトファンだった松井選手は現役引退後も時間を見つけては神宮球場に通っては試合を観戦したり、山田哲選手と川端選手の自主トレのお手伝いなどもしている。

川上竜平(外野手)

ドラフト1位でヤクルトに入団後、2軍では本職の外野手の他、内野の守備にも付いていたけど結局最後まで1軍出場がないまま戦力外通告を受けた川上選手。

戦力外通告後はトライアウトを受験するもNPB球団からオファーはなく。
現在はパーソナルトレーナーをしながらベースボール教室でコーチなどもしているそうです。

2016年ヤクルトスワローズ自由契約選手のその後

最後にヤクルトから自由契約となった選手のその後を紹介していきましょう。

デイビーズ(投手)

MLB通算43勝を引っ提げてヤクルトに入団したデイビーズ選手。
しかし、思った程の活躍はできずに1年で自由契約に。

その後は1年のブランクを経てアメリカ独立リーグの球団を転々としている。

ペレス(投手)

個人的には出る度に打たれていた印象しかないペレス選手。
1年で自由契約になった後はインディアンスとマイナー契約を結ぶも1年で放出。
その後はメキシカンリーグに所属するもこちらも1年で放出される。

オンドルセク(投手)

ベンチで真中監督に暴言を吐いてそのまま退団となったオンドルセク選手。
ヤクルト退団後はオリオールズと単年でメジャー契約を結ぶも振るわずに1年で戦力外になってFAに。

メジャー契約⇒自由契約⇒ドジャースとマイナー契約⇒アメリカ独立リーグ⇒ナショナルズとマイナー契約⇒メキシカンリーグと様々な球団を転々としている。

ハ・ジェフン(外野手)


シーズン途中に二刀流選手として独立リーグから獲得したジェフン選手。
ヤクルトでは野手として出場するも1年で自由契約に。

自由契約になった後は前年まで在籍していた独立リーグの徳島に復帰。
独立リーグでは二刀流として存在感を示し、2019年からは韓国のSKワイバーンズに入団。

投手として起用されセーブ王に輝きプレミア12では韓国代表にも選ばれる。

2016年東京ヤクルトスワローズ退団選手まとめ

外国人選手のリーダー的な存在だったバーネット選手が抜けたことでオンドルセク事件が起きたと言われていますが、とにかくあの事件が印象的でしたね。

今となってはジェフン選手を投手として使っていたら少なくとも2019シーズンのヤクルト投手陣だったら十分中継ぎとかでも使えたんじゃないかと思います。

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