【2015年版】ヤクルト退団選手(引退・戦力外・自由契約)のその後

退団選手

2015年、東京ヤクルトスワローズを戦力外・引退・自由契約で退団した選手の去就やその後の情報についてまとめています。

定期的に更新していきますが、古い情報などがありましたらコメント欄よりご連絡ください。

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2015年東京ヤクルトスワローズ退団選手一覧

2015年は、現在のところ12人の選手がシーズン終了後にヤクルトを退団することになりました。

2015年ヤクルトスワローズ引退選手のその後

まずは、2015年にヤクルトを引退した選手のその後を紹介していきましょう。

松元ユウイチ(外野手)

2004年に日本に帰化をした日系ブラジル人の松元ユウイチ選手。
2005年以降に代打の代打を送られた回数では武内選手と並んでワーストトップという意外な記録も持っています。

ヤクルト引退後は2軍打撃コーチに就任して、2020年シーズンから1軍の打撃コーチに就任しています。

2015年ヤクルトスワローズ戦力外選手のその後

次に、2015年にヤクルトを戦力外になった選手のその後を紹介していきましょう。

七條祐樹(投手)

ヤクルト初の初登板対巨人戦で初勝利を挙げた七條選手。
燕のバカボン、チリガミ王子といったニックネームも話題になりましたね。

七条選手は戦力外通告後に引退を発表。
引退後はヤクルトの打撃投手兼スコアラーとして球団に残っています。

江村将也(投手)

元広島の前田選手へのデッドボールが思い出される江村選手。
その後は前田氏と和解をして、会う度に声を掛ける間柄になっているそうです。

戦力外通告でヤクルトを退団した後はトライアウトに参加するもオファーはなし。
翌年にはBCリーグの「福島ホープス」に入団して11月には再びトライアウトに参加するもNPB復帰はならず、四国アイランドリーグの香川オリーブガイナーズの投手コーチに就任。

2018年シーズンからはヤクルトの打撃投手兼広報としてヤクルトに復帰しています。

赤川克紀(投手)

高校時代に大型左腕として注目されドラフト1位でヤクルトに入団した赤川選手。
2011年~2012年にはいい成績でされるもそれ以降は成績を落として戦力外に。

戦力外通告後はそのまま現役引退を発表。
引退後は会社員として働きながら、軟式野球の「東京ヴェルディ・バンバータ」で左のエースとして野球を続けています。

大場達也(投手)

鶴見大から初めてのプロ入り投手としてドラフトでヤクルトに入団した大場選手。
戦力外通告後はトライアウトに参加するもその後他球団に所属することはなく引退。

学生野球資格回復後に母校である鶴見大学の野球部コーチに就任しています。

川﨑成晃(外野手)

即戦力の外野手として期待されるもなかなか出場機会に恵まれず3年で戦力外となってしまった川崎選手。

戦力外でヤクルトを退団後は社会人野球の「ロキテクノベースボールクラブ」に所属して2018年9月に現役を引退。

中根佑二(投手)

由規投手と同期で素質は由規選手以上と言われていた中根選手。
しかし、入団後は怪我に泣き戦力外⇒育成契約を繰り返すも3年連続の戦力外通告を受けて現役を引退。

その後は不明。

金伏ウーゴ(投手)


育成選手として契約をしてすぐに支配下選手となったウーゴ選手。
しかし、ヤクルトでの1軍登板は3年間で僅か1度で戦力外となってしまいました。

ヤクルト退団後はトライアウトで巨人と育成契約を結び、支配下登録まで至るも1軍での登板はなく2016年シーズン終了後に再び戦力外通告を受けてトライアウトに参加。

2017年シーズンからは独立リーグの「栃木ゴールデンブレーブス」に所属して2018年までプレーするも自由契約となり現役を引退。

2019年シーズンから巨人の3軍通訳となる。

2015年ヤクルトスワローズ自由契約選手のその後

最後にヤクルトから自由契約となった選手のその後を紹介していきましょう。

トニー・バーネット(投手)

ヤクルトの守護神として23試合連続無失点など大活躍だったバーネット選手。
ヤクルト球団を思ってのポスティングは不発に終わるも、本人の意向から自由契約となってMLBのレンジャーズに移籍。

レンジャーズでは、2018年シーズンまで活躍して2019年シーズンからはカブスに移籍。
シーズン終了後にはFAとなり2020年1月に現役引退を表明。
引退後はヤクルトの駐米編成部アドバイザーに就任。

移籍後もヤクルトへの恩義や感謝の気持ちを色々な場面でコメントしていることから退団後もヤクルトファンの人気が高い。

オーランド・ロマン(投手)

先発に中継ぎに抑えにとヤクルトでは様々な起用に答えてくれたロマン選手。
ヤクルト退団後は台湾プロ野球に復帰。

台湾ではLamigoモンキーズと中信兄弟の2球団でプレーした後、2018年は所属球団はなく母国プエルトリコのウィンターリーグでプレー。

プエルトリコ代表としても長年活躍していましたが、2019年のプレミア12に出場後に現役引退を発表。

過去のインタビューでは、引退後はヤクルトの外国人担当スカウトをしたいと漏らしていました。

DeNAにソトを紹介したエピソードは有名なのでぜひとも海外スカウトやってほしいですね!

ミッチ・デニング(外野手)

オーストラリア出身選手初のNPB所属選手&格安助っ人として話題になったデニング選手。

助っ人の怪我による緊急補強で、ミレッジ復帰後には2軍生活が続きそのまま自由契約に。連敗を止めたり、年俸の割には十分貢献してくれたと思っていたので個人的には使い捨て感がして残念でした。

ヤクルト退団後は、独立リーグの愛媛マンダリンパイレーツに入団して活躍するも後期シーズン前に退団。

その後はオーストラリアのアデレードジャイアンツに所属。
2017年以降は成績のデータがないので引退したものと思われる。

2015年東京ヤクルトスワローズ退団選手まとめ

2015年は優勝しましたが、やっぱりバーネット選手とロマン選手の活躍がかなり大きかったように思います。

しかも2人ともヤクルト愛が強くて今でもファンに愛されているのでぜひとも何らかの形で今後ヤクルトと関わってくれたら最高ですね。

ちなみに優勝したものの、2軍は選手不足で打撃投手としてシーズンをスタートさせた阿部健太氏を育成契約で現役復帰させてオフに戦力外にしたのもちょっとした話題になりましたね。

ちなみに阿部さんは現在ヤクルトのスカウトとして2019年には奥川選手の担当スカウトとなっていました。

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